活動報告

[2007年08月29日]

冬柴国土交通大臣が再任会見で奈良を語っていただきました。

8月27日の冬柴国土交通大臣再任会見で、奈良(平城宮跡)について語られました。以下国土交通省HPより紹介いたします。

(問) 例えば、東京における外国人の旅行客から聞く話なのですが、例えば、松の廊下の話とかご存じな外国人が多いのですけれども、それにしても残っていないですし、天守閣もないですし、観光立国として、そうしたものを修復したり、もしくは建て直したりといったことはお考えですか。

(答) 大極殿院は2010年には完成します。素晴らしいものです。これは、文化庁が主管してやっています。それから周辺の土地も、元の平城京跡ですが、国が買収してあります。710年に元明天皇が遷都されたのですが、歴史的には目に見える物は、751年に大仏殿が完成しています。それ以外にも奈良には、仏教的な建造物がたくさんあって、それ自体について世界遺産として登録されています。形はあります。それから、私は揚州に行きましたけれども、鑑真和上の出生地であり、かつ、日本へ来られる直前まで、そこの大明寺というところの僧侶を務めておられた方ですが、この方が5回失敗して目が見えなくなりながらも、6回目にして、754年にようやく日本にお見えになったのですけれども、その人に対して、当時の政府は、律宗ですけれども、戒律をすることを認められたと。またその後に唐招提寺を与えて、そこに現在も鑑真和上の座像が国宝ですけれども、宝物殿にあります。そういうことを考えると、その時代に712年には古事記が編さんされているし、そして720年には日本書紀が編さんされている。そのように700年代の初頭は、日本の正に始まりということが言えると思いますし、その足跡は今も?お残っています。大極殿もあれば朱雀門もあります。サントペテルブルグのようなキラキラではないけれども、木造建築物が、こんなすごい1300年前のその当時の場所にあると。これはすごいことだと。私は時間は掛かるかもしれないけれども、この国有地は国営公園にするとか、そういうことで日本の歴史がいかに深くて、古くて素晴らしいものであるということを世界に知っていただく、ものすごく貴重な機会ではないかと思います。インドに行った時にシン首相と話をしたのですが、大仏の開眼供養はインド人がやっているんですねと話したら、そうなんですよと。菩提僊那(ぼだいせんな)という人が736年に日本に来られまして752年の大仏の開眼供養をやっているのです。そんなことをインド人が知っているのですよ。インド、中国、韓国、日本と仏教が流れてきた。あるいは仏教だけではないですよ。シルクロードを運ばれ正倉院に保管されている昔からの文物というものは、厳然と奈良にあるわけです。私はそういうものをどう演出するかは、演出家でないので分かりませんが、素晴らしい物があると思うのです。世界の驚嘆を呼ぶ、また日本に対する信頼なり、尊敬を集めるだろうと。ですから確かにきんぴ?ではないけれども、そういう物がたくさんある中でそういうことができればなと思っています。


本日(29日)平城宮跡国営公園化が20年度予算の中に概算要求されました!

また大臣は、去る20日に揚州にて季建業(きけんぎょう)揚州市党委書記と会談されました事にも触れられましたが、6月19日の私の活動報告で紹介いたしましたとおり、季書記は奈良県庁にも表敬訪問され、荒井知事とともにお会いさせていただきました。

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